2016年の停滞を消費税のせいにはできない。

2015年の後半から、浜田宏一氏や中原伸之氏は追加緩和に反対し、日銀にいないリフレ派で、公に発言している人はほぼ全員が財政出動を唱え、鳴り物入りで2016年の財政政策が始まったわけですが、例年の通り、財政出動を始めるとむしろ経済が停滞し、4月~9月まで目も当てられない数字になっています。(補正予算は3月ころから執行される)

これは少なくとも「財政出動には即効性がある」という見解が誤りであることが改めて証明されたといえますし(毎年証明されていますが)、財政を出しすぎると生産を阻害する可能性があるという、経済学では珍しくもない見解の証明にもなっています。

リフレ系論者は「名目金利さえ上がらなければクラウディングアウトは発生しない」と言いますが、浅い意見です。
入門教科書に一つだけ説明されているパターンが回避されれば大丈夫、と安直に述べる様子は専門家のものとは思えません。(金利ターゲットがあるから大丈夫、という部分ですね)

少し突っ込んだ教科書なら3つの可能性が紹介されていますし、教科書に載らない、専門家の個人的見解なら他にもクラウディングアウトの原因が考えられています。私のような者でも5つ知っています。

財政を出せば出すほど景気が良くなるという意見は、経済学の世界でも一部の人たちのものであり、特に通説というわけではありません。
世界的な経済学者の間でも意見が分かれているものを、「経済学の通説」のように喧伝し、個人的なツテで安倍政権に採用させ、無残に景気停滞を招いている社会的責任がリフレ系論者にはありますが、そのようなことを感じ取るだけの謙虚さが彼らには無いようです。

リフレ系論者はなんでもかんでも消費増税が悪い、今の停滞も消費税のせい、だからもっと財政出動せよ、などと言いますが、これまた現実のデータをまったく参照しないプロパガンダであります。
消費増税後に日本の生産がどのように推移したか確かめておきましょう。

014年の消費増税後のGDP推移

以下は第二次安倍政権成立前後からの、四半期名目GDPを年換算したものです。

10-12. 492,811.6
2013/ 1- 3. 498,103.1
4- 6. 502,580.2
7- 9. 507,061.7
10-12. 506,123.3
2014/ 1- 3. 512,255.4
4- 6. 512,505.3
7- 9. 512,560.5
10-12. 517,062.8
2015/ 1- 3. 528,558.0
4- 6. 529,733.4
7- 9. 532,703.9
10-12. 531,313.8
2016/ 1- 3. 535,393.1
4- 6. 536,688.1
7- 9. 537,302.1

次は同じように、実質GDP。

10-12. 497,713.3
2013/ 1- 3. 503,897.8
4- 6. 509,245.5
7- 9. 512,212.6
10-12. 511,135.6
2014/ 1- 3. 517,324.7
4- 6. 507,840.7
7- 9. 506,846.9
10-12. 509,449.0
2015/ 1- 3. 517,273.0
4- 6. 516,582.0
7- 9. 517,667.6
10-12. 515,360.8
2016/ 1- 3. 518,904.4
4- 6. 521,242.3
7- 9. 522,963.4

リフレ系論者は名目GDPを重視するので、名目GDPで論じても良いのですが、消費増税前後であまりにも変化がないので面白くありません。
実質GDPを見ると、消費増税が行われた2014年4月に大きく下がっています。
消費増税が生産に有害であることは間違いありません。

しかし、その年のうちに、つまり2014年の補正予算が組まれて執行されるより遥か前から回復が始まっています。
そして2015、2016と実質GDPは膨らんでいます。
消費税によって日本経済が停滞したままだ、というリフレ系論者の主張はウソなのです。

「消費増税前の2013年は調子が良かった」という主張もリフレ系論者のお得意ですが、数字を見れば一目瞭然。

「財政政策の失敗は財政政策でしか取り戻せない」という適当な意見もリフレ系論者の十八番ですが、そんな必要は全くないことがデータを見ればすぐにわかります。

彼らは難しげな経済理論で世間をだまそうとFTPLだなんだといい始めていますが、そんなものを理解する必要は全くありません。

現実をまともに見ればよいだけです。

財政出動をしたのに、需給ギャップが拡大している

需給ギャップは財政でしか埋められない」とか「金融政策は雇用に効き、財政政策はGDPに効く」などというデタラメがまかり通る世の中ですが、こういうものは当然のことながら、現実と折り合いません。
今に始まったことではありませんが、今年度の4~6月期にも、財政出動をしたにも関わらず、需給ギャップが開くという結果がでました。
今週の指標 No.1150- 内閣府
財政出動をしたからギャップが開いた、とまでは言いませんが、過去のデータを見ると、財政出動需給ギャップは関係ありません。
積極財政主義者も、たまにはデータをみましょう。

出速度うんぬん

「デフレから脱出するに足るだけの財政出動をしなければ何度やっても無駄」という妄説も唱えられていますが、これまた経済学的根拠は何もありません。
クルーグマン氏がそのように言ったのかもしれませんが、経済学者が常に経済学的根拠のあることを言うわけではありません。
日本でも海外でも、経済学者は自分の意見や感想を言うものであり、きちんとした論文や教科書執筆とは分けています。
バーナンキ氏も、学者としてはいろいろ奇抜なアイデアを出しますが、FRB議長を務めていたころには、そのような奇抜な政策は一切行いませんでした。
そのへんの区別がつかないところが日本人のコミュ障なところで、向こうは腹のなかでは「本気にするなよw」と笑っていることでしょう。
私が分からないのは、「デフレから脱出するに足るだけの財政出動」の額というのは、脱出してみないと判明しないものであるのに、どうやって額が事前に分かるのか、ということであります。
積極財政主義者は、「一年に50兆円でも100兆円でも財政出動すればいいだろう」と言うでしょうが、支出すること自体がおそらく無理でしょう。
これまでにも本予算も補正予算も、東日本大震災の復興予算ですら使い切れずに余らせているくらいですから、「脱出速度」に足るだけの予算を用意しても使えないと思われます。
というよりも、現状で予算が余っているのに、財政支出で景気が回復できると主張すること自体が矛盾しているのです。
景気が大して良くもないのに予算が余るということは、財政資金はさほど必要ないということを表しているのです。

政府債務の償還に力を入れよ

財政の拡大に伴ってGDPの増加率が低下する、という現象がよく見られます。
政府支出が拡大してその分のGDPが増えるのは当たり前ですが、経済全体のGDPは下がるということです。
これは、財政の拡大が金利に上昇圧力をかけることによって民間から資金を取り上げてしまう効果があるためですし、特に企業はマイナスの自然利子率に直面していると思われ、そんな中で採算のとれる投資をするためには、実質金利がそれよりも更にマイナスでなければいけません。
そのような状況で安直な財政拡大が行われると、必要な分の実質金利の低下が起こらないことによって設備投資が減退するのです。
政策提言をする立場にある人ですら、「現在、実質金利はマイナスなので、十分下がっている」と言う人がいますが、企業が採算をとるのに十分なくらい下がらなければ効果が薄いということをわかっていません。
マイナス金利は絶対値で考えるものではなく、相対値で考えなければならないものです。
今の情勢でやらなければならないのはマイナス金利の拡大です。
緩和速度の増加にも効果があると思いますし、外債の購入もできるようにしてほしいと思いますが、実質金利を下げる確度の高い方法はマイナス金利の拡大でしょう。
マイルドインフレは実現するとマイナス金利より便利だと思いますが、原油価格の低下は金融政策ではコントロールできないので、今はマイナス金利の活用の方が適切だと思います。
また、マイナス金利はあまり為替レートに影響しないということも観察されています。
今の為替レートは投機筋によってかく乱されているという見方もあり、通常ならマイナス金利は為替レートに影響するのかもしれませんが、現状そうなっていないのは好都合です。
緩和速度を増加させたり、外債を購入したりするとすぐに円安になると思われ、これは我々にとっては良いことですが、アメリカにとっては嫌なことなので(実際はアメリカにとっても得になると思いますが)、遠まわしに反対されるでしょう。
その点、マイナス金利は為替レートに影響を与えずに民間住宅や輸送用機械への支出を増加させました。
一層マイナス幅を拡大することで、為替レートに影響を与えないままで企業の設備投資を促進することも可能だと思います。
一方、財政はこれから拡大することが決定しており、一旦決めると一年も二年も方針が固定的になってしまうという、財政政策の悪いところがよく現れています。このような硬直性があるゆえに、「財政政策は安定化に向いていない」と言われるのです。
安倍政権はこれから一年くらい財政拡大方針で進むわけですが、本来なら財政支出は縮小し、債務の償還に励むべきでした。
債務の償還は、民間に資金を戻すということですから、金利に低下圧力をかけ、これは金融政策で実質金利の低下を目論んでいることと調和します。
金融緩和をして民間の経済活動を活発化させている状況では、政府が借金返済に励んだところで、デットデフレーションのようなことは発生しません。
大恐慌でもリーマンでも、即座に大規模金融緩和を行っていたら、デットデフレーションの影響は軽微で済んだでしょう。
金融政策には経済活動を活発化させる仕組みがあり、そこが財政政策とは違うところです。
財政政策は資金を移動させるだけなので、それ自体に経済活動を活発化させるメカニズムがなく、むりやり需要をふかすためには延々と財政支出をしなければならないという、不便なものです。
財政政策の真価はむしろミクロ政策で発揮されるはずですが、安倍政権は構造改革に財政政策を活用せずに、最低賃金上げ+中小企業への財政支援という非効率なことを行っています。
資金の配置や移動によって、効率的な経済活動を動機づけることが出来るのにも関わらず、そのようなアイデアさえ出てこないというのは、周りにおいているアドバイザーの人選を間違っているからでしょう。
浜田参与だけ残して、あとは総入れ替えしたらいいと思いますし、在野にいる経済学者風の詐話的アドバイザーと個人的に交流して誤った知識を仕入れるのをやめるべきだと思います。
親しい人間の言うことが正しいとは限りませんからね。