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年末の微欝

年末になると不遇な人と普通に暮らせている人の対照が目に付くような気がして少し欝になる。別に自分も大した人生じゃないので上から憐れむような立場には無いのだが、年末になると休みになるせいか、所在無げに電車に乗り込んできたり街角で呆然としている中高年男性がいる。身なりは貧しい。傍らには幸福そうなカップルや帰省途中の家族連れがいる。

そういった光景を見ても何も思わないようにすれば勝手に微欝になることもないのだが、どうしても気づいてしまうのが困ったことで、必要のないことは自然に無視できるようになりたいものだ。

「経済成長は要らん」だの「金銭以外の価値を大事にしよう」だの、社会の上の方で結構な暮らしをしている人間に限って困窮者の存在を度外視した発言をするものだが、社会が豊かにあり続け、生産性の向上を上回る成長をして職を生み出し続けなければ貧困に陥る人が増えていくだろう。それは単に貧しくなるだけではなく、他者とのコミュニケーションの機会や社会的ネットワークによって支えられる機会をも奪うもので、何重もの意味でその人を追い詰めていくことになる。

経済弱者の存在について考えることは多くの人にとって煩わしいものであろうが、現在の困窮者が死に追いやられれば、次にその役回りを演じさせられるのはそのすぐ上に位置する人々であって、「明日は我が身」であることに思い至らなければならない。

困窮する者がいなくなる社会など存在しない。その立場は相対的なもので、誰かが必ずその役回りを演じさせられて、それによって社会は成立するのだということを忘れてはならない。