貨幣の債務性、中央銀行の破産?

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以前はデフレ派の問題発言を微力ながら批判していたのですが、今はリフレ派の問題発言を批判しなければならなくなりました。
「ならなくなった」というか、個人的にせずにはいられないということなんですけれども。
直近の問題発言は3つ。

  • マネタリーベースの「根雪」を永久債にせよ(松尾匡

この中で政策的な問題をもっとも含むのは1.
かなり含むのは2.
アホ発言でネタとして考察するのが面白いのは3.
1について、松尾匡氏は、永久債にしてもよいマネタリーベースの額を明らかにするべきでしょう。額が明らかにならないと政策になりませんし、批判する側も具体的な批判ができません。
今の名目GDPは橋本政権期や小泉政権期と大差ないので、順調な経済で必要とするマネタリーベースが、政府債務を軽減するほど多額になるはずがないので、松尾氏の意見について私は非常に懐疑的です。

日銀券に債務性がない?


高橋洋一という人は強気なのか弱気なのか分からない人で、そういう人間くささが周囲に気に入られる理由なのかもしれませんが、いい加減な発言が多すぎ、政策に悪影響を与えるので批判が必要です。
高橋洋一を批判する人は、単にインチキだとかバカだとか言うのではなくて、根拠をとってまともに批判するべきでしょう。
そうでないと悪口合戦で「どっちもどっち」とみなされてしまいます。
上記ツイートで驚いたのは、「日銀券は無償還」という部分。
日銀券の債務性については学者の間でも意見が分かれますが、償還がないという意見はちょっと想定外。
なぜなら、普段リフレ派は、日銀の買いオペレーションをやれやれと煽っているからで、オペレーションをするということは、資産と貨幣の交換をするということであり、売りオペをやったら貨幣は償還されるからです。
そんなのは、さすがのリフレ派でも前提にしていると思い込んでいたので、「貨幣は無償還」などと言われると、「リフレ派は自分たちの発言をどう理解しているのだろう」と私の方が混乱してしまいました。
貨幣を発行したり償還したりするのが金融政策なので、「日銀券は無償還」なら金融政策ができません。
この奇妙な発言は実は故あることで、高橋洋一は日銀券と政府紙幣を混同しています。
無利子無償還なのは政府紙幣で、おそらく政府紙幣論者の主張をさっと読んで、貨幣一般に当てはまると思っているのでしょう。(その政府紙幣論者はおそらくスティグリッツでしょう)
日銀券を政府紙幣と混同している主張が危ないのは、それが永久巨大マネタリーベース政策につながるからです。
安倍政権は知り合いのリフレ派の主張を信じこんで、あまり検討もしないで実行に移してしまうので、高橋洋一・上念司・松尾匡スティグリッツなどが主張している永久巨大マネタリーベース政策を日銀に強制する可能性があります。
この話題に関心のない人、それは世間のほとんどの人ですが、そういう人達は、「なんでそのくらいのことに目くじら立てるんだよ」と鼻くそほじりながらバカにしているわけですが、現在の名目GDPは橋本政権期とほとんど同じでありながら、マネタリーベースの額は450兆と55兆の違いがあると書いたら、少しは驚いてもらえるのでしょうか。
現在の巨大マネタリーベースを永久債化するという案がどれほど危ない発想であるか、想像してほしいものです。

ハイパーインフレで日銀破産?

次はネタというか面白思考実験。
www.youtube.com
上念は本当にバカなことしか言わなくなったな、と思うのですが、この動画では「日銀が破産するとしたらハイパーインフレくらい」と発言していて、意味が分からずにきょとんとしてしまいました。
日銀が破産するという人は他にもいますが、ふつうそれは譬えで言っているだけで、日銀が破産するという事態は考えられないし、不可能でしょう。
どうやって破産するのか見当もつきません。
ハイパーインフレで、紙幣を印刷するための紙やインクが払底したときでしょうか?
ジンバブエではそれに似たことがあったとかなかったとかいう話を見たことがありますが、日本でインフレ高進が起こっても紙やインクが足りなくなることはまずないでしょうし、電子マネーならそれこそ無限に発行できるので、破産できないと思うんですけど。
日銀が債務超過になったときに政府が資本注入するという規定が今もあるのかどうか確かめていないのですが、どうでもいいですよね、それ。
政府が形式上、日銀に資本注入するとしても、その貨幣は日銀が発行したものですよ?
やるとしても形式を整えるだけで、無意味な行為です。
これを読んでいる貴方がミダス王の子孫で、貨幣をいくらでも虚空から生み出せる存在だとしたら、破産できるのでしょうか?
そもそも日銀は営利企業ではないので、破産させること自体、意味不明です。
なんで破産させるのでしょう?
民間企業なら破産の規定がなければ経済秩序が乱れかねませんが、日銀は貨幣を発行しているだけで、その貨幣を財やサービスと交換しているわけではありませんから。
日銀が債務超過に陥って問題になるのは貨幣価値ですが、日銀の保有資産がまったくなくなるようなところにまで至るわけではないので、多少貨幣が出すぎても回収は可能であって、今話題になっている20兆円程度の貨幣なんてすぐ回収できますから、まったく問題になりません。
これは政府でも同じような面白思考実験ができるのですが、政府だってハイパーインフレで破産したりしません。
そもそも政府は営利企業ではなく、政治を統括する機関にすぎないのですから、政府が破綻するとしたら政治的な破綻でしかなく、経済関係で破綻することはあり得ません。
政府が経済関係で破綻するという考えのおかしさは、「豪族が経済破綻する」「戦国大名が経済破綻する」「武装勢力が経済破綻する」「十字軍が経済破綻する」という様子を想像してみたらわかります。
そんなことはあり得ませんね?
それらは政府の原型のような存在ですが、経済取引をするために存在しているわけではありません。
政府の収入は経済取引ではなく税金であり、それは強制徴収されるものです。
戦国大名の収入も経済取引から発生しているわけではなく、支配領域から強制徴収しているだけです。
経済破綻するという事態は基本的にあり得ず、食料が全くなくなって餓死するくらいの事態しか考えられません。
しかし十字軍に至っては攻め込んだ地域で敵を食ったと言われているので、餓死で経済破綻することすら難しい。
源平の争乱も養和の飢饉のさなかに行われたわけで、経済危機が発生していても政府や政府の原型になっているような存在はほとんど影響を受けません。
経済関係で危機に陥るのは一般人だけです。

政府債務が会計上「消え」ても無意味

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私たちが家を買うと、借りた金と買った家が、負債と資産として記録されます。
(自分で記録する人はあまりいないと思いますが、頭の隅には置くでしょう)
その際、「やった、負債と資産が会計上相殺されて借金はチャラだ」と考えるのが高橋洋一


借りた金と買った家があるときに、借金をチャラにするには家を手放さなければならないわけですが、高橋洋一に言わせると、「借金が消滅して目出度い」ということになるんですよね。
(現実には、買った家を保持しながら借金を返していくわけですから、消えてないんですが)
こういう発言を読むと、「正常の領域から逸脱しているな」と私は思うのですが、特に疑問を抱かない人が大勢いるので、彼らの思考回路がむしろ興味深かったりします。
ただ、高橋洋一の問題点は、経済学を専門的に学習しないまま経済学者をやっているため、個人の家計と国の会計を同一視するという誤りをたびたびおかす点です。
国の借金を資産と会計上相殺したとしても、国の資産を売ることはほとんど出来ないので、借金を実際に消すことはできません。
(橋や道路を買いたい銀行があれば別ですが。最近は水道事業を売ろうという案が実際にあるらしいですが…)
また、統合政府のバランスシートで、永久債にした政府債務と貨幣がバランスしていても、同じ意味で借金を消すことはできません。
高橋洋一の誤りは、会計上バランスしているということと、現実に債務が消滅するということを混同していることです。
永久債を日銀が抱え込むと、発行した貨幣を回収する手段がなくなるので、政府債務の引き当てである貨幣が永久に出たままになり、インフレ高進を招く元凶になります。
実際、FEDはマネタリーベースを減らすことを仄めかし始めているわけで、巨大なマネタリーベースを永久債にしてアメリカの債務を消そうなどとは考えていません。
永久債化で政府債務を消すという提案を、スティグリッツはなぜ母国に対しては行わないのでしょう?
アメリカの政府債務も実質上、日本と同じくらいの状態だ、とリフレ派は主張しているではありませんか。
まず母国に対して、債務消滅の秘策を授けないのは奇妙だと思います。

債務と貨幣を消す方法

政府債務を発行したのは政府、貨幣を発行したのは日銀、ですから、債務と貨幣を消すには、それぞれ発行主体に戻すしかありません。
償還する以外に、これらを消す方法はないということです。当たり前ですが・・・
政府債務を償還しないで消す方法が、スティグリッツが言うように本当に存在するなら、世界中の政府と中銀がそれを採用するでしょう。
政府債務の問題で欧州では辺縁国の人々が苦しみ、ベネズエラでは死者すら出ている状況なのですから、債務を消す秘策が実在するなら、採用するべきです。
しかし現実には、政府債務を消す秘策があると真面目に主張しているのは日本リフレ派だけであり、スティグリッツも日本以外では言っていません。
スティグリッツが海外のメディアでもこの主張を行うのかどうか、それへの他の経済学者の反応はどうか、ということを注視したいですね。

永久債にできる政府債務はお幾ら?

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日銀保有債務を永久債にする案に私は全く反対で、理由は、永久債は購入者が償還を要求できないからです。
www.ifinance.ne.jp
政府が日銀に永久国債を買わせると、政府が償還に応じない限り、日銀は永久にそれを保持しなければいけません。
これは日銀の独立性を侵犯するものですが、スティグリッツとリフレ派は中央銀行の独立性を奪っても良いと考えているので、永久債を提唱しているわけです。
日本では日銀の不作為によって20年デフレを経験したことから、デフレ防止策として日銀の独立性をはく奪せよという意見が出てくるのですが、そうすると内閣や国会にインフレ制御の責任が出てくるという面については無視しています。
永久債を日銀に引き受けさせる決定をするのは内閣と国会ですから、永久債の額が多すぎてインフレ高進を招いたら、内閣と国会が永久債を「適正に」減らさなくてはなりませんが、そんな能力があるのでしょうか?
いまの日銀でも、インフレ率のコントロールに必要なマネタリーベースをつかめずにいるというのに、誰に訊くつもりなのでしょう。
とあるリフレ派は、「今後どんな人手不足になったとしても、日銀保有国債のうち、決して売りオペで民間に出ていくことのない「根雪」の部分は永久債に換えてしまう(超高額コインに換えてもいい)ことは、何の弊害ももたらしません。」と主張しています。
もし「根雪」の額が分かれば、そらそうでしょう。
ただ、「根雪」などという比喩を用いている点を見ると、マネタリーベースの適正額など把握できていないのではないかと私は疑います。
スティグリッツは、「毎年5%ずつ永久債にせよ」と主張していましたが、どういう根拠で5%なのかは不明です。
現在マネタリーベースは450兆円ありますから、5%ルールを適用すると毎年20兆円ほど永久債になります。単純にいって5年で100兆ですか。
ここにマネタリーベースの時系列データがありますが、100兆というと、小泉政権後半くらいの額になります。
小泉政権後半からリーマンショックまで日本の景気は割と良かったですが、その時のマネタリーベースに当たります。
また、小泉政権終了後にマネタリーベースは90兆円くらいに低下していますが、景気は逆に良くなっています。
これは当たり前の話ですが、マネタリーベースと景気は比例関係にあるわけではなく、景気の結果マネタリーベースが定まってくるということを表しています。
さらに見ていくと、皆から「デフレ大王」などと言われていた白川正明日銀総裁の時代の末期には、マネタリーベースは130兆円にまで拡大しています。
麻生政権期よりも民主党政権期の方がマネタリーベースは40兆円も増えたのにも関わらず、円高・デフレ・深刻な不況、に見舞われていたのであります。
この場合もやはり、マネタリーベースと景気が比例しているのではなく、不景気対策として金利を下げた結果としてマネタリーベースが拡大したことが分かります。
要するに必要なマネタリーベースの額は、経済状況と相対的に決まるのであって、「適正額」をあらかじめ算出することなどできるわけがないのです。
リフレ派のいう、「マネタリーベースの根雪」が、政府債務を軽くするのに十分な額であるとしたら、それはおそらく多すぎます。
現在の名目GDPの額は小泉政権期と大差ありませんが、マネタリーベースは4倍になっています。
400兆円を永久債にしたら多すぎるでしょう。400兆の永久マネタリーベースで景気回復を迎えてしまったら、インフレ高進を招くでしょう。
目分量で150兆円にしたら、「いいのかもなぁ」と感じられますが、150兆円では政府債務を軽くするのには少なすぎるでしょう。
80年代、比較的日本の調子が良かった時期のマネタリーベースの増え方を見ていると10年くらいで10兆円増える程度の緩やかなペースです。
2013年から現在に至るまで、マネタリーベースは130兆から450兆に急増しています。
2%インフレ目標を達成して、完全雇用状態になったらおそらく、マネタリーベースを減らしていく必要があると見るのが普通です。
景気が良くなると貨幣流通速度がほんの僅か上がりますが、それで大きな影響がでるはずです。巨大なマネタリーベースがあると、必要な貨幣をいくらでも素早く供給できてしまうので、急速なインフレが発生する可能性もあるでしょう。
FEDが2015年に利上げに踏み切ったときに、「早すぎる」と批判する声が多かったですが、結果的には適切でした。その後も利上げを繰り返し、いまも利上げのスピードアップを仄めかしていますが、アメリカ経済は好調です。
さらに、マネタリーベースを減らす意向もちらつかせていますが、やはり悪影響は出ていません。
それらの現実の事例を鑑みると(リフレ派は現実を見るのがとても苦手ですが)、巨大なマネタリーベースを永久債にするどころか、景気を保ちながら相対的にマネタリーベースを減らしていく期間がかなり長く続き、(10年くらいかかるような気がしますが)、その後「根雪」が判明するのだろうと思います。
そうなったらその部分を永久債にしても良いのでしょうが、おそらくそれは100兆円足らずの額であり、政府債務を軽くする意味はほとんどないと思います。